学校について

学校の歴史

学校の歴史

2018年12月1日で設立81年を迎えました!

当校は81年もの間、自動車文化が広く定着する前から福岡の地で様々な歴史を刻んできました。
戦争の状況により、施設の移転や休業を余儀なくされた期間がありつつも、当校は現在に至るまで
歩みを進めています。そんな当校の歴史を少し覗いてみませんか?

歴史年表

1932 福岡県内の自動車運輸業者により、運輸事業の発展・交通の安全と円滑・福利増進を目指して福岡県自動車組合連合会が結成される。会長は警察部長であった。
1933 自動車取締令が改正される。車両検査場並びに運転実地試験場が県庁所在地に1カ所設けられることとなった。
1937 福岡県自動車組合連合会が福岡県自動車学校を設立。
認可申請にあたって、県に福岡市大字青木の土地4,000坪を寄付するとともに、隣接する土地1,074坪を買収した。
実習車はシボレー1台、フォードが2台であった。
履修期間は本科3ヶ月間・研究科1ヶ月間とされていた。
料金については、授業料が1ヶ月につき10円、実習費が1ヶ月につき20円であり、寄宿舎費、補習料はそれぞれ10分につき1円50銭、30銭であった。
福岡県自動車組合連合会により設立されたが、事実上の運営は福岡県警察部の保安課の課長が校長を兼務、運営していた。
当時の交通法令には自動車学校における自動車教習指導員の資格等に関する規定がなく、また一般市民の中から自動車の運転や機構・交通法令に関する知識を有する者を募る事も困難であった為、福岡県警察部保安課員または運転者試験場技官が教師または嘱託講師として授業を行っており、この体制は戦後の昭和23年1月の警察制度改革直前まで続いた。
1939 学校設置者を法人組織に変更し、福岡県自動車組合連合会から社団法人福岡県自動車協会へと変更した。
1941 福岡県内の大学、高等学校、専門学校等の依頼により、各校内に組織されていた報国隊の自動車部員に対する教習を目的とした特別委託授業を開始。
この後、ほどなくして太平洋戦争が勃発する。
1943 太平洋戦争の戦局が緊迫化し、国内戦時非常体制強化の為に自動車学校の経営が許されない事態となった為、当時の福岡県知事は国の方針に基づき自動車学校閉鎖を命じた。
1944 連合会の部内講習所として福岡県自動車講習所を発足。閉鎖指令の趣旨からして一般公募ができなかった為、同組織の発足は戦時輸送の確保を名目とした。
大日本帝国陸軍の増強を目的として、当時の講習所付近一帯は軍用飛行場用地として接収され、講習所は移転を余儀なくされた。
なお、この時接収された敷地には席田飛行場(のちの板付飛行場、福岡空港)の滑走路が作られ、南方出撃作戦に使用された。
講習所は西日本鉄道株式会社所有の遊休地を借用し、福岡市内地行西町196番地樋井川船入場東(現在の中央区地行の市営住宅付近)に移転し、諸設備を整備し翌年4月に校舎が完成した。
だがこの約2ヶ月後に世に言われる福岡大空襲が発生した為、福岡市は東部~西部までほとんどが焼き払われ、講習所は校舎・車両とも灰燼に帰した。
1945 戦後間もない世情混乱の中、福岡県知事より福岡市西新町21番地の西福岡消防署跡地を借用し、同年10月より戦後第1回目の講習が行われた。
しかし、1年たたずして県知事より変換要求を受けた為、講習は1度のみの開催に終わった。
1946 福岡市鳥飼の福岡第一師範学校女子部戦災跡地にあったモーター普及会福岡支部が解散したため、建物・施設を借用することとなり、
同年10月、福岡第一師範学校に移転し、戦後2回目の講習が行われた。
1947 公安委員会制度発足。またこの年に警察制度の改正が行なわれた。この時、第1回目の全国交通安全運動が実施された。
1948 講習所の設置者名称が(社団法人)福岡県自動車協会から福岡県自動車交通安全協会へと変更された。
講習所に借用していたモーター普及会福岡支部の建物が、講習所の母体である福岡県自動車交通安全協会によって購入される。
しかし、翌年この土地の管理者である福岡学芸大学(現・福岡教育大学)の学長より当仁中学校の建設用地として返還要求を受け、再度移転を余儀なくされる。
1949 講習所の設置者名称が(社団法人)福岡県自動車交通安全協会から福岡県交通安全協会へと変更された。
講習所は福岡市大字鳥飼字浜田121-1(現・福岡市中央区城内)へと移転される。この場所にて自動車学校としての基礎を固めていった。
1957 講習所の施設名を福岡県自動車講習所から福岡県自動車専門学校へと変更する。
講習所の設置者名称が(社団法人)福岡県交通安全協会から(財団法人)福岡県交通安全協会へと変更された。
学校は専任校長制となり、創設以来県警察部及び県警察本部の担当課の課長が校長を兼任していた体制が変更となる。
この年より、一定基準を満たした自動車学校は公安委員会の指定を受けると技能試験が免除される技能試験免除の制度が開始される。
当時の福岡県自動車専門学校にとって、上記の認定を受ける為にはより広大な土地を用意する必要があった為、同校は福岡市田島星が浦の山林(32,726.24平方メートル)を用地として買収した。
1960 コースの整地と仮講習施設の建設が完了。8月より技能教習を開始する。
この後、浜田校の借地権者である護国神社の再建計画の話が上がり始めた為、田島に本格移転すべく、10年計画での継続事業に取り組むこととなる。
1963 技能試験免除の自動車学校の認定を受ける。この約1ヶ月後、指定自動車教習所制度が設けられ、全国の自動車学校が飛躍的に充実強化されていった。

歴代校長

当校は創設当初より県警察兼務の方が校長に就任しておりました。
1957年8月以降から現在に至るまで、当校を運営する福岡県交通安全協会の職員が校長に就任しております。

1937/12/01 - 1944/01/28 県警察部保安課長 野上博蔵
1944/01/28 - 1946/01/31 県警察部輸送課長
1946/02/01 - 1948/01/26 県警察部保安課長
1948/01/26 - 1957/07/31 県警察本部交通課長
1957/08/01 - 1960/06/07 佐藤 兼友
1960/06/08 - 1971/03/31 河口 鋭之
1971/04/01 - 1973/10/31 水上 義夫
1973/11/01 - 1979/03/31 高倉 秀典
1979/04/01 - 1979/09/30 白井 清愛 ※校長代理
1979/10/01 - 1985/06/12 宮川 勇蔵
1985/06/13 - 1988/09/30 海老崎 三千浪
1988/10/01 - 1996/10/01 丸尾 脩
1996/10/01 - 2002/03/31 淵上 晃
2002/04/01 - 2007/03/31 谷光 正人
2007/04/01 - 2012/03/31 四方堂 義男
2012/04/01 - 2017/03/31 中島 和彦
2017/04/01 -        日熊 富男